こんにちは。立川眞理子(*)です。またまた塩素の話です。
今回は水中の有効塩素濃度(残留塩素)の測定について述べようと思います。
(*)環境衛生コンサルタント。元日本大学教授。
〈前回の記事はこちら〉
塩素剤で確実な殺菌作用を得るためには? 水のpHと塩素の関係を知ろう【塩素マニア・立川眞理子の連載 #3】
目次
残留塩素測定
これまでに、水処理における有効塩素の挙動——塩素消費、不連続曲線形成、そして結合塩素の生成など——についてお話ししてきましたが、それらの基になるのが、言うまでもなく残留塩素測定です。
残留塩素? と思われるかもしれませんが、これは文字通り、その測定時に水中に存在していた(残留していた)有効塩素(遊離塩素や結合塩素)のことです。
塩素は反応性に富み不安定で、水中の溶存物質の作用や時間の経過でその濃度や反応生成物が刻々と変化します。したがって、残留塩素の変化は水中での塩素反応の様子を知る大きな手がかりとなります。塩素消毒においては殺菌力の強い遊離塩素の残留が重要な目安となることから、遊離塩素と結合塩素を分けて測定できることが重要です。塩素を扱う人は常に残留塩素に注意を払わなければなりません。
残留塩素が減ることを塩素消費とも言い、いずれの用語にも塩素の不安定で消失しやすい性質が込められています。
残留塩素はその酸化力を的にして測定されます。よく知られている残留塩素測定法について、簡単な原理と操作法そして特徴を以下にあげました。
①ヨウ素法
試料水を酢酸酸性にしてヨウ化カリウム(KI)を加え、析出する有効塩素と等量のヨウ素(I2)をチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3)標準溶液でデンプン溶液を指示薬として滴定します。滴定に要したチオ硫酸ナトリウム標準液量から有効塩素量を求めます。
酢酸は比較的弱い酸であり、試験液をpH 2~3付近の酸性にしたい時に使われている。その他に理由があることもある。
ほとんどの酸化性の物質とヨウ化カリウムは反応しヨウ素を生じますので、遊離塩素と結合塩素は区別できません。また、デンプン指示薬を用いた時の測定濃度の下限は数十mg/Lであり、水道水やプール水の残留塩素測定には向きません。しかし、次亜塩素酸ナトリウム溶液(水溶液)をはじめとする種々の塩素剤の有効塩素測定や下記に述べる測定法における塩素標準液の調製などに用いられる重要な測定法です。ヨウ素法の化学式を下記に示します。
- HClO + 2KI + H+ → I2 + Cl- + 2K+ + H2O
- I2 + 2Na2S2O3 → 2NaI + Na2S4O6
②DPD法
リン酸緩衝液(pH 6.5)とDPD(N,N-ジエチル-p-フェニレンジアミン硫酸塩)溶液を加えた容器に試料水を加えます。その時に生じる赤紫の呈色は塩素濃度に比例するので、①標準比色列との比較から濃度が得られます。また、②あらかじめ作成した検量線を用いて、510~550nm付近の吸光度測定から塩素濃度を求めます。
遊離塩素はDPD試薬と直ちに反応し呈色するのに対し、結合塩素はゆっくりとした呈色を起こすので、これを利用して遊離塩素と結合塩素を分けて測定することが可能とされています。
結合塩素の測定は反応促進剤としてヨウ化カリウムを加えてから生じる呈色に相当します。そこでまず、最初の呈色Ⓐを測定した後、その溶液中に一定量のヨウ化カリウムを加えて混和し2分後の呈色Ⓑを測定します。比色列もしくは検量線を用いてⒶからは遊離塩素濃度、Ⓑからは遊離塩素と結合塩素を合せた総残留塩素濃度を求めます。結合塩素濃度は総残留塩素濃度から遊離塩素濃度を引いた値となります。
測定濃度範囲は0.05~2mg/Lであり、水道やプール水の残留塩素測定に対応しています。比色版が付いたコンパクトな比色式残留塩素計がプールサイドでの測定に汎用されています。DPD法による発色機序を下記に示します。
③電流滴定法
酸化性物質を含む水溶液に電極を挿すと電流が流れます(ポーラログラフ法の原理)。これを指標として、還元剤(酸化フェニルヒ素)標準液で滴定して電流が流れなくなったところを終末点とします。
遊離塩素は試料水にリン酸緩衝液をpH 7にして電流滴定装置を用いて酸化フェニルヒ素溶液標準液で滴定し遊離残留塩素を求めます。また試料水にヨウ化カリウム溶液(5%)と酢酸緩衝液を加えた後、同様に電流滴定により総残留塩素を求めます。この総残留塩素と遊離塩素との差が結合塩素となります。その測定感度は高く(0.001mg/L~)、遊離塩素と結合塩素との分離測定においても信頼性が高いとされていますが、滴定装置やヒ素化合物を用いることから普及が限られています。
④ポーラログラフ法
電極には遊離残留塩素を電解還元する一定電圧がかけられ、電極表面で遊離塩素が還元される間に流れる電流は遊離塩素濃度に比例するので、この電流値を測定・変換して濃度を求めます。無試薬での水道上水やプール水用水などにおける遊離塩素の連続自動測定や次亜塩素酸水の測定に用いられています。測定範囲は用途により異なります。0~3mg/Lや20~300mg/Lなどがあります。
②~④の方法は厚生労働省によって水道水の残留塩素測定法に定められています1)。さらに詳しい操作法が必要な方は参照ください。
DPD法の詳細
ここからはプール水や水道給水栓での残留塩素測定に用いられているDPD法についてもう少し詳しくお話ししようと思います。個人的な思い出も少し加えて。
私は1975年に日本大学理工学部薬学科を卒業し、衛生化学研究室の副手となりました。当時、研究室の教授であった澤村良二先生は、水の衛生にかかわる塩素の働きについて仕事を進められており、私の仕事の第一歩は酸化力のある塩素、すなわち有効塩素の測定法の検討でした。
その当時、残留塩素の測定にはオルトトリジンによる比色法が多く用いられていました。
1960年代半ばにイギリスのペイリン(Palin A.T.)により、DPD法が開発されました2)。試料水のpHを大きく変えることなく、ほぼ中性で遊離型と結合型の分離定量が可能とした測定法です。1970年代に入って日本に紹介されました。そこで私達も文献を求め、DPD法を試みることにしました。当時、文献をお借りするために、横浜の浄水場まで出かけたことを覚えています。
先にも述べましたが、DPD法での遊離塩素は試薬と直ちに反応し桃赤色の呈色を生じ、さらにヨウ化カリウムを加えると結合塩素との反応が促進され呈色することで、遊離塩素と総残留塩素の分離測定が可能としています。中でもアンモニアクロラミン類については、ヨウ化カリウムの添加量を変えることや試薬を加える順番を変えることによりNH2Cl、NHCl2、およびNCl3の分離測定が可能としています2)。アンモニアや数種のアミン、アミノ酸等に遊離塩素を作用させ、反応水溶液中の残留塩素のDPD法による分離測定に取り組みました。現在、DPD法は残留塩素測定法として世界中で広く使われています。
DPD法でのアンモニアクロラミンの測定3)では、DPD 試薬とリン酸緩衝液を加えた比色管中に試料水10mLを加えた時、直ちに生じた呈色(a)が遊離塩素に相当します。さらにヨウ化カリウム0.1mg(小さい結晶1粒)を加えた時にアンモニアモノクロラミン(NH2Cl)による呈色(b)が直ちに起こり、さらにヨウ化カリウム0.1gを加えるとアンモニアジクロラミン(NHCl2)の呈色(c)が起こるのですが、この呈色の完結には2分ほどを要します。
それぞれの吸光度(a, b, c)と検量線から、それぞれの吸光度に相当する塩素濃度(A, B, C)を求めます。(A)は遊離塩素、(B-A)はアンモニアモノクロラミン、そして(C-B)はアンモニアジクロラミン、そして(C)は総残留塩素に相当します。これは窒素原子と塩素原子の結合力がモノクロラミンとジクロラミンでは異なるためです。水道法でのDPD指示薬を用いた残留塩素の測定1)ではモノクロラミンの測定法を省いて、モノクロラミンとジクロラミンを合わせて結合塩素として求めているのです。
そこで種々のモノクロラミンによるDPD呈色に必要なヨウ化カリウム量と時間を調べたところ、クロラミンによるDPDの呈色速度は添加するヨウ化カリウム濃度に比例して増加し、そして十分な発色に必要なヨウ化カリウム量はクロラミンを形成する窒素化合物の分子構造に影響をうけていることが示されました4)。
DPD法によりモノクロラミン型で測定された、もしくはジクロラミン型で測定されたという言い方をすることがありますが、これは必ずしも塩素が一つ付いている、もしくは二つ付いているという分子構造を表すものではなく、十分な呈色に必要とするヨウ化カリウム添加量の違いによる区分けを示す場合もあるのです。
一方、DPDを加えた時に直ちに呈色したらそれは遊離塩素であろうか? というと、これも必ずしもそうとは言い切れません。例えば塩素安定剤のイソシアヌル酸(H3Cy(化学式:C3H3N3O3)、30mg/L)と次亜塩素酸(1mg/L)を含む試験水はDPD法では直ちに呈色して(ヒトの目から見て)すべて遊離塩素として測定されますが、この水について紫外部のスペクトルを測定すると290nmと240nm付近にみられた遊離塩素の吸収ピークは消えて220~230nm付近に大きな吸収を持つピークが生成していることから、この水中では塩素はシアヌル酸と結合して、(非常に緩い結合ですが)塩素化シアヌル酸(H2ClCy)として一種のクロラミンを形成していると考えられます。
30mg/L程度のイソシアヌル酸共存では残留塩素の殺菌効果にはほとんど影響はでませんが、アンモニアモノクロラミン(NH2Cl)やジクロラミン(NHCl2)の生成には影響を与えることが明らかになっています5)。
水中の残留塩素化合物を直接測定する方法はないのか
多くの方が水中の残留塩素化合物を酸化性だけではなく直接その化合物を測定する方法は全くないの? と思われたと思います。
いわゆるカルキ臭の原因であるトリクロラミン(三塩化窒素)についてはDPD法での測定法がありますが6)、その揮発性を考慮してヘッドスペースガスクロマトグラフィー質量分析法(HS-GC/MS)(*)による直接の測定が行われています7)。
また、夾雑物(きょうざつぶつ:混入物、不純物のこと)が少ない比較的高い濃度(>数十mg/L)の次亜塩素酸水溶液では、紫外部スペクトルの吸収極大値から確認測定できます。
しかしながら、これまでも述べてきましたが、多くの有効塩素化合物は不安定で、同定を伴う測定には困難が付いて回ります。
おわりに
水道水やプール水の塩素処理における残留塩素測定について話してきましたが、これを通して測定法のみならず残留塩素の多様さを少し感じていただけたでしょうか。実際の環境水中での塩素反応ははるかに複雑であると思われます。
次回はクロラミンについて述べたいと思います。
📚 参考文献
- 水道法施行規則第17条第2項の規定に基づき厚生労働大臣が定める遊離残留塩素及び結合残留塩素の検査方法. (平成15年9月29日厚生労働省告示第318号〔最終改正令和2年3月25日厚生労働省告示第96号〕). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/topics/bukyoku/kenkou/suido/suishitsu/index_00001.html
- Palin, A.T., “Method for the determination, in water, of free and combined available chlorine, chlorine dioxide and chlorite, bromine, iodine, and ozone, using diethyl-p-phenylenediamine (DPD),” Journal of the Institution of Water Engineers and Scientists. (1967), 21, p. 537.
- 日本薬学会〔編〕. 残留塩素: (1) DPD法による定量. 衛生試験法・要説〈2005年版〉. 金原出版, (2005), p. 250.
- 澤村良二, 櫻井映子, 立川眞理子, 長谷川明. 結合有効塩素測定におけるKI濃度の影響. 衛生化学. (1988), 34 (2), p. 135.
- Tachikawa, M., Sayama, C., Saita, K., Tezuka, M., Sawamura, R., “Effects of isocyanuric acid on the monochlorodimedone chlorinating rates with free chlorine and ammonia chlroramine in water,” Water Research. (2002), 36, p. 2547.
- 4500-Cl, APHA, AWWA, and WEF, “2005 Standard Methods for the Examination of Water & Wastewater,” 21st edition. AWWA and WEF, Washington DC, USA. (2005).
- K. Kosaka, K. Seki, N. Kimura, Y. Kobayashi, and M. Asami, “Determination of trichloramine in drinking water using headspace gas chromatography/mass spectrometry,” Water Science & Technology: Water Supply—WSTWS | 10.1 | pp. 23-29, (2010).
〈立川先生の連載記事一覧〉
クロラミンについて知ろう【塩素マニア・立川眞理子の連載 #5】 塩素剤で確実な殺菌作用を得るためには? 水のpHと塩素の関係を知ろう【塩素マニア・立川眞理子の連載 #3】 残留塩素の意義は? 不連続点処理って? 水の消毒を知ろう【塩素マニア・立川眞理子の連載 #2】 塩素の殺菌作用は? 次亜塩素酸ナトリウムって? 塩素を知ろう【塩素マニア・立川眞理子の連載 #1】
(2022年5月9日:連載記事 第5回へのリンクを追加しました。)