塩素の殺菌作用は? 次亜塩素酸ナトリウムって? 塩素を知ろう【塩素マニア・立川眞理子の連載 #1】

🔰 塩素初心者向け 🍀
この記事は塩素初心者の方向けです。

こんにちは、立川眞理子(*)です。

このたび、皆さんに塩素についてより多くを知っていただこうという企画が立ち上がりました。今回はその連載の初回として、塩素の殺菌作用の化学的な説明と、そして研究で出会った一冊の本を紹介しようと思います。

 

化学と聞いたところで、「難しそう!」とすでに思われたかもしれませんが、分かりやすさを第一に頑張ろうと思います。

(*)環境衛生コンサルタント。元日本大学教授。

記事中の図版・写真の無断転載は禁止とします。

 

塩素の殺菌作用はどこから?

塩素は私たちにとって身近な元素の一つです。自然環境中の塩素元素のほとんどは、安定なイオン(塩化物イオン、Cl-)で存在しています。地中にはナトリウム塩(岩塩、NaCl)やカリウム塩(カリ岩塩、KCl)が存在し、海水ではその1.9%が塩化物イオンです。

また、濃度は様々ですが生物にとっても重要な成分です。いうまでもなく、この塩化物イオンには殺菌作用はありません

 

では消毒に働く塩素は何かというと、それは単体の塩素分子すなわち塩素ガス(Cl2)から始まります。塩素ガスはわずか数ppmでも強い刺激臭と毒性があります。黄緑色の気体で、反応性に富み水によく溶けます。

ppmとは
ppm:百万分率。parts per millionの略。1ppmは0.0001%のこと。ガスの濃度表記に用いられる単位。

 

塩素ガスの生産

塩素ガスはソーダ工業製品として、塩化ナトリウム水溶液の電気分解とイオン交換膜法によって、水酸化ナトリウムや水素とともに生産されています。式(1)に示します。

塩素ガスの生産
  1. NaCl + H2O → NaOH + ½H2 + ½Cl2
ソーダ工業とは
ソーダ工業:塩化ナトリウム(NaCl)を原料とする産業のこと。

 

2018年の日本の塩素ガス生産量はおよそ340万トンi)です。

塩素ガスは、化学工業の原料として、また紙パルプ工業や水処理では酸化、漂白、そして消毒に用いられています。

 

次亜塩素酸の生成とその効果

塩素ガスが水に溶けると、式(2)に示すように次亜塩素酸(HClO)が生成します。これが水中での塩素殺菌・消毒作用の主役です。次亜塩素酸は遊離塩素とも呼ばれています。

次亜塩素酸の生成
  1. Cl2 + H2O ⇄ HClO + H+ + Cl-

 

次亜塩素酸の酸化力は強く、水中に存在する様々なものに作用します。その結果、溶存する有機物は分解し、鉄やマンガンは酸化されて析出し、細菌やウイルスなどは殺菌されるのです。

 

使われた次亜塩素酸はどう変化する?

では、酸化に使われた次亜塩素酸はどう変化するのでしょう? それを化学式で表すと、式(3)のようになります。

酸化に使われた後の次亜塩素酸の変化
  1. H+ Cl+ O2- + H+ + 2e- → Cl- + H2O

 

この式をざっくりと翻訳してみましょう。

酸化力のある次亜塩素酸の塩素(Cl+)は、相手を酸化(殺菌)すると、自分は環境に豊富にある安定した無毒の塩化物イオン(Cl-)になるということです。ここでの酸化というのは、電子e-を奪うことを意味します。

また、使われずに残った次亜塩素酸も、環境中で光や土壌によって還元され塩化物イオンに戻ります。

 

このように、原則としては次亜塩素酸の環境残留影響はほとんどないと考えられます。しかしそれでも実際の使用に際しては、その副作用や副生成物に注意を払わなければならないと考えます。

 

次亜塩素酸ナトリウムとは

ソーダ工業では、塩素ガスとともに次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)やサラシ粉(主成分次亜塩素酸カルシウム、Ca(ClO)2)が製造されています。水で希釈や溶解すると次亜塩素酸を生じます

そして安価でもあり、近年はこれらの次亜塩素酸製剤が水処理、水道水やプール水の消毒殺菌に、そして除菌・漂白・消臭剤として身近な環境で使用されています。

コラム:有効塩素とは
次亜塩素酸ナトリウム水溶液の濃度は、「有効塩素として○○%」として表示されています。この有効塩素とは、酸化力を持つ塩素(Cl+)のことを指します。

 

次亜塩素酸ナトリウム水溶液の効果

本文を書いているさなかに新型コロナウイルス感染症への感染者の増加が報じられ、これまで以上に殺菌消毒に対して人々の関心が向けられていると感じます。

ここでは、次亜塩素酸ナトリウムの消毒剤としての利用について少し紹介します。

 

次亜塩素酸ナトリウム水溶液は水酸化ナトリウム水溶液に塩素ガスを通じて得られ、強アルカリ性を示します。

 

次亜塩素酸を主成分とする消毒・殺菌剤について

  • 次亜塩素酸ナトリウム水溶液のほかにも、次亜塩素酸を主成分とする消毒・殺菌剤があります。これらについては、今後の連載で説明してゆく予定です。

 

次亜塩素酸ナトリウム水溶液は抗菌スペクトルが広く、一般細菌、結核菌、真菌、芽胞、ウイルスに殺菌効果が認められていますii)

しかしアルカリ性が強いため、粘膜、皮膚、そして金属の消毒には不向きです。非金属製品の消毒洗浄、リネン類の消毒洗濯、床やモップなどの消毒清掃に用いられています。血痕などの拭き取りや、吐物や便などの排泄物の消毒処理には必須の消毒剤ですii), iii)

抗菌スペクトルとは
抗菌スペクトル:環境中には様々な種類の微生物が存在するので、その薬剤の殺菌や抗菌効果を及ぼす範囲を示す用語。抗菌スペクトルが広ければ、多くの微生物への殺菌・抗菌効果を持つことを意味する。

次亜塩素酸ナトリウム水溶液利用の注意点

次亜塩素酸ナトリウム水溶液は、短時間(おおむね数分)で殺菌効果を得ることができます。消毒に必要な有効塩素濃度(0.05~1%)の水溶液は、希釈により容易に用時調製できます。

用時調製とは
用時調製(ようじちょうせい):文字通り、使用する時になったら調製する(作る)こと。用時調製が必要な試薬は、用時調製をせずに予め作り置きしておくと、いざ使おうとした時には既に分解などにより変質してしまっていて、目的の効果が得られないことがあるから。

 

注意すべきこととしては、以下の各項などが挙げられます。

  • 希釈後は、光、熱、および有機物の混入などにより塩素濃度が低下してしまうこと
  • 消毒後は、アルカリの残留を避けるために水でのすすぎもしくは水拭きが必要なこと
  • 手袋の使用が必要であること(手が荒れるから)
  • 決して酸と混合してはならないこと(有毒の塩素ガスが発生するから)

消毒の必要な現場やご家庭での詳細な取り扱い方については、目黒区さんやサラヤ株式会社さんのホームページなどで丁寧に説明がされていますので、参考にしてください。

さらに、 使用にあたっては必ず製品の使用説明書に従ってください

参考 次亜塩素酸ナトリウム液の作り方目黒区 参考 衛生管理ガイド: 見てみて読んでみて知っておく情報: 次亜塩素酸ナトリウム液サラヤ業務用製品情報 sanitation -食品衛生を考える総合サイト-

 

一冊の本との出会いの話

連載の初回に際して、是非紹介したい本があります。題名はHandbook of Chlorination さらにFor Potable Water, Wastewater, Cooling Water, Industrial Processes, and Swimming Pools(Van Nostrand Reinhold Company, NY, 1972)と続きます。1972年の出版です。

 

黒い表紙の750ページを超える本で、塩素を用いる技術の実際と理論が網羅されたハンドブックです。技術コンサルタントのGeo. Clifford White iv), v)が、豊富な文献とともに平易に解説しています。

大学の研究室にあり、駆け出し実験者の私にとっては一番の相談相手でした。

現在でも更新され続ける技術と志

そして25年も経ったある日のこと、思い立ってアマゾンで検索をしてみたところ、この本の第4版が出版されていました。

迷うことなく注文しました

題名はHandbook of Chlorination and Alternative Disinfectants 4th Edition(Jhon Wiley & Sons, INC., NY, 1999)となり、塩素だけでなくオゾンや紫外線など水処理に関することが加わって1500ページを超える大著となっていました。

 

その中表紙には「私の妻オーガスタと1937年4月1日から始まったこの仕事における私の全ての仲間のために」とありました。1937年! ですから第4版の出版時には著者は90歳に近い年齢でおられると推測されました。

 

さらに著者はその序言で、「今回の改訂の数年前にはトリハロメタンの発がん性についてカリフォルニア大学のエームス教授(Dr. Bruce Ames)のもとで調査研究を行い、水のクロリネーションで生じるトリハロメタンは公衆衛生上の問題にならないことが分かった」と述べています。私は、60年を超えて仕事に向かう彼の強い意志と情熱に深く感銘を受けました。

クロリネーションとは
クロリネーション:塩素処理のこと。

 

そして現在は第5版が、彼の名前を冠してWhite's Handbook of Chlorination and Alternative Disinfectants 5th Edition(Black & Veatch Corporation (Author), Wiley, NY, 2010)として出版されています。

技術と知識は日々更新されていきますが、その中で彼の志は引き継がれていくと思います。

 

次回は水の消毒について述べようと思っています。それでは。

 

📚 参考文献

  1. 日本ソーダ工業会. 統計 需要推移. https://www.jsia.gr.jp/statistics/change.html
  2. 小林寬伊〔編〕. 新版増補版 消毒と滅菌のガイドライン. 東京, へるす出版, (2015).
  3. J感染制御ネットワーク〔編〕. 消毒薬使用ガイドライン2015. 第2版. 宮城, 東北大学医学部附属病院 J感染制御ネットワーク, (2015). http://www.tohoku-icnet.ac/news/files/post_151002.pdf
  4. Miner, Gary. In Memoriam: George Clifford White. American Water Works Association Journal. Denver, American Water Works Association, (2007), 99 (4), p. 8. https://search.proquest.com/openview/1fa6a23fc4e7109aa691530f30281ec1/1
  5. Obituaries: George Clifford White. San Francisco, San Francisco Chronicle Obituaries, (2007-01-19). https://www.legacy.com/obituaries/sfgate/obituary.aspx?n=george-clifford-white&pid=86046840

 

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(2022年5月9日:連載記事 第5回へのリンクを追加しました。)
(2021年5月18日:連載記事 第4回へのリンクを追加しました。)
(2020年10月1日:塩素初心者向けマークを記事に付与しました。)
(2020年8月18日:連載記事 第3回へのリンクを追加しました。)
(2020年8月12日:絵文字が文字化けしていたため、修正しました。)
(2020年7月7日:連載記事 第2回へのリンクを追加しました。)
(2020年5月1日:記事にタグを追加しました。)