【インタビュー】立川眞理子 先生(元 日本大学教授)〈前編〉——環境に興味が湧いたら、まずは勉強から始めてみてください

元日本大学教授・立川眞理子先生へのインタビュー<前編>

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この記事はオゾン・塩素初心者の方向けです。

皆様お元気ですか、エコデザインの長倉正弥です。

このブログでは、「持続可能な社会」に向けての活動や、それにかかわる技術を研究されている方々へのインタビューを掲載していこうと考えています。

その第一弾として、元 日本大学教授(定年退職)の、立川眞理子先生へのインタビューをお届けします!
(インタビュー日:2019年11月26日)

 

立川眞理子先生のご紹介

立川眞理子先生

立川眞理子(たちかわ・まりこ)先生は、日本大学薬学部にて衛生化学水環境について研究をされてきた方です。2020年現在では定年により退職されています。

日本大学理工学部薬学科を卒業後、同大学にて研究・教育に携わっておられました。2018年には、塩素の専門家としてNHK総合テレビの『チコちゃんに叱られる!』に出演され、話題になりましたね。

 

立川先生には、研究のために当社のオゾン発生器を使っていただいていたこともあります。これまで様々な場面でお世話になってきた感謝も込めて、インタビューをお願いいたしました。

それでは、インタビューをご覧ください!

 

研究生活の始まり

では、立川先生の研究者としての経歴について教えてください。

長倉正弥

立川先生
日本大学薬学部、当時は理工学部薬学科を卒業しました。
当時は4年制で、卒業研究という項目がありまして。衛生化学の研究室に入ったことが、研究者としての始まりなんだと思うんですね。
 
4年生の時の研究は、塩素の酵素に対する作用を調べるものでした。
その後、公務員試験に落ちて(笑)
なるほど(笑)

長倉正弥

立川先生
先生から「ここで1年間、研究の手伝いをしたらどう?」と言われて、研究者としてのキャリアが始まりました。

大学に残ってからは塩素の様々な性質を調べ始めた

立川先生
有効塩素、すなわち酸化力のある塩素の測り方として、当時はオルトトリジン法というのがありました。これは試験水を酸性にして測ります。そのため、遊離型や結合型の境目を見るのが難しく感じられる方法でした。
 
ちょうどその頃、欧米ではDPD法というのが使われ始めていました。これは中性で、水と近いpHでの測定方法でした。
恩師も日本にDPD法を紹介したメンバーの一人だったので、それを使ってみようということになったんです。現在ではDPD法はすっかり普及していますね。
DPD法とは
DPD法:ジエチルパラフェニレンジアミン法。残留塩素の測定方法の一つ。発がん性が指摘されたオルトトリジン法の代わりとして、現在普及している。
立川先生
DPD法を使って塩素の様々な性質を調べていましたね。
 
いわゆる残留塩素には遊離塩素結合塩素があります。前者は、次亜塩素酸の塩素のことです。後者にはクロラミンがあります。ここで(インタビュー中で)、単に「塩素」と言っている時には次亜塩素酸のことだと思ってください
 
アンモニアや各種のアミノ酸が存在する水に塩素を加えると、残留塩素濃度の曲線がどうなるのかを調べて比較していました。自分で種々の結合塩素を作ってみたわけです
 
様々な性質の結合塩素があることが分かりました。

 

「自分で結合塩素(クロラミン)を作る」

自分で、結合塩素(クロラミン)を作ります
研究のために「自分で結合塩素を作る」
自分で結合塩素を作る」とは?

長倉正弥

立川先生
塩素と様々なアミノ酸や含窒素化合物などを水中で作用させることで、様々な結合塩素を生み出していました。
 
DPD法で結合塩素として検出・測定ができるかできないか、塩素の消費量はどうか、また、時間が経過するとどうかとか、そういったことを調べて、化合物の構造と結合塩素の関連を見ていました。
結合塩素(クロラミン)について詳しく教えてください。

長倉正弥

立川先生
塩素(Cl+)は非常に反応性が高いのですが、酸化力を発揮した後の塩素はおおむね塩化物イオン Cl-になって、これは酸化力を失っています。
 
一方で、窒素との結合によって生成する、未だ酸化力を持っている物質があります。その総称が結合塩素(クロラミン)です。

結合塩素には色々な種類がある

立川先生
一般に、結合塩素は遊離塩素に比べて安定です。水中では様々な結合塩素が生成し、塩素が結合した化合物によって異なった性質を持ちます。
 
この違いが、塩素の働きに多様性を与えるのです。紫外線による分解を防いだり、膜透過性が高まって細胞の中まで入るとか。
どんなものと結合するかによって、塩素の持つ様々な側面が引き出されてくると。

長倉正弥

立川先生
そういうことです。
 
最も典型的なクロラミンは、アンモニアと結合したものです。これにもアンモニアモノクロラミン、アンモニアジクロラミン、アンモニアトリクロラミンという種類があり、性質も異なっていますね。

使われた「次亜塩素酸」はどうなる

立川先生
エコデザインのブログ向けに、塩素にはこういった種類があって、こういった性質があるという記事を書いてみましょうか?
 
だってみんな、塩素塩素と言われてるのを聞いても「?」と思ってるだろうし、塩素と次亜塩素酸って違うの? って思ってるだろうし。言葉だけでもややこしいですよね。
いいですね。世間でよく塩素殺菌と言うけれど、その詳細なことってよく分からずに「塩素」って言われていますもんね。

長倉正弥

立川先生
例えば消毒に使われた次亜塩素酸というのは、一瞬のうちに周囲のものと反応して、すがたを変えて環境に残っているということになるんですよね。多くの場合は塩化物イオンとして、またクロラミンとして、そして塩素化合物として。
 
だから、世の中で「塩素」と言われていても、実際は色々な形態になっているんです

 

環境中の塩素の安全性:塩素の使い方には注意が必要

塩化物イオン(Cl-)になっていると、もう酸化力がない、安定した形になっているということなんでしょうか。

長倉正弥

立川先生
環境中には塩化物イオンがたくさん存在しています。例えば海水なんかは塩化物イオンの濃厚な液体です。だから、それだったら塩素が使われた後に生じる塩化物イオンについても、環境負荷は弱いだろうと考えられて、下水の消毒や、火力発電所の冷却水の消毒などに使われてきました。
 
ところがどっこい、実際には排水消毒ではダイオキシンが生成するとか上水消毒ではトリハロメタンができるとか、そういった問題をはらんでいることが明らかになって、大きな問題となった時期がありました。
塩素の使い方には注意をしなければならないんです。
塩素の化合物の中には危険なものがあって、なおかつそれが安定しているということなんでしょうかね。

長倉正弥

立川先生
全ての消毒副生成物のことを把握できてはいないんですね。反応性がある間はどんどん反応していって一瞬のうちに寿命を迎えてしまうので、人間がそれを捉えることはなかなか難しい。
 
分かっているのはその一部だけです。
消毒副生成物とは
消毒副生成物:水の塩素消毒やオゾン処理を行った際に、水中の有機物との反応によって生成する物質のこと。

 

環境中にプラスチックを放置しないために:管理の重要性

化学が生まれてから数百年は経っていると思いますが、それこそプラスチックや塩素系農薬の類が大量に使われるようになってからは、まだ百年かそれ未満しか経過していないですよね。
長期的に見て世代を超えての毒性はまだよく分かってきていない

長倉正弥

立川先生
みんな、これまでは「プラスチックは壊れないものだ」と言って、「『壊れないこと』が怖い」と思っていましたね。
でも実際にはそうではなくて、プラスチックは分解して、海水からも成分が検出されています。その原因は、自然環境中に放置されたプラスチックからであると。
 
また、自然環境中に放置されたプラスチックは劣化して小さく細かくなります。より微細なマイクロプラスチックとなり、環境に影響を及ぼすということですね。
 
それの何が怖いかといえば、人間がそれを管理できないことです。人の手による適切な管理が行き届いた場所で使われるプラスチックならば、全然怖くないんですよね。
 
これまでの時代に、環境負荷についてあまり深く考えずにプラスチックをどんどん使ってきたから、今こうして問題として顕在化してきたのではないかなと思いますね。
こういった環境への影響というのは、ゆっくりと進むものであって、一朝一夕で判断できる話ではないですもんね。

長倉正弥

海洋に放置されるプラスチックごみは、劣化とともに細分化してマイクロプラスチックになったり、成分が溶け出したりします
ちなみにマイクロプラスチックについては、2019年にWWF(世界自然保護基金)から「平均するとヒトは1週間あたり5g程度のマイクロプラスチックを摂取している」との発表がありましたね。

長倉正弥

1週間にクレジットカード1枚?

人は平均すると毎年100,000粒のプラスチックの小さなかけらを摂取しています。重量にすると、1週間で5g、1カ月で21g、1年で250gとなります。

出典:WWF - YOUR PLASTIC DIET あなたが摂ったプラスチック量は?

プラスチックを使うのをやめることができないのなら

ただ、そうは言ってもこれからの時代、どういう方向性を目指したらよいのか? というのは正直なところ分からないようにも思うんです。
 
いくらプラスチックが環境に悪いかもしれないからとか海洋汚染に繋がっているからといって、「プラスチックを使うのをやめよう」というムーブメントに全面的に賛同できるかというと、それは難しい面もある。
 
長期的に見れば正しい意見なのかもしれませんが、やめるのは現実的でないとも思うからです。これまで便利に使ってきたものを、いきなり手放すというのはどうしても無理が生じてきます。

長倉正弥

立川先生
自然界に放置される可能性に注意するとか、管理をすることが大切だと思うんです。環境負荷があるかもしれないものについては、管理の目が行き届くようにする。管理できない状況を避けることが重要ですよね。
あー、なるほど。
それこそ、信用できない業者さんに処理を任せたら、そこから下請けへ下請けへと流されて、最終的には海洋に投棄されたり、海外へ流れ着いてしまったりすると。そういうのがよくないということですよね。

長倉正弥

立川先生
我々は一瞬すっきりしたような気持ちになってしまうけれど、実際には全然適切に処理されていないという。大きな間違いですよね。

 

衛生化学は、集団が対象

立川先生
研究のあり方の話に戻りますね。
 
私は薬学部で、衛生化学を担当していました。薬学というのは、病気を治すための薬について理解して、正しく取り扱い、健康に貢献することというのが大きな目的になっています。
 
その中でも衛生というのは、「『多くの人が』病気にならないようにする、病気を未然に防ぐ」ことを目的にしているんですね。対象が個人ではなく、集団なんです
 
私たちを取り巻く様々な環境が、健康に影響してきます。私は、衛生のもつ学際的なところに魅力を感じた(からこの道に進んだ)のだと思っていますね。

水道の消毒の話:塩素とオゾンの広がり

水の衛生と塩素との関連性はとても深いのです
立川先生
水の衛生ということで、水道の話を。水の衛生と、塩素との関連は大変深いものです。
 
塩素自体は18世紀には発見されましたが、消毒に使われるようになったのは19世紀になってからです。ドイツで初めて、塩素による消毒の上水道への利用が始まりました。
弊社も属している(特非)日本オゾン協会発行の『オゾンハンドブック』によれば、ヨーロッパでオゾンを大量に生産する方法が発明され、20世紀頭にはフランスのニースで浄水場に使われるようになったといいます。

長倉正弥

  • 宗宮功, 日本オゾン協会, オゾンハンドブック編集委員会 (2004) 『オゾンハンドブック』, サンユー書房, p.5
一方アメリカでは当時、その技術を導入しようとしてオゾン発生器を輸入したところ、それが運悪くすぐに壊れてしまったそうです。でもたまたま同時期に塩素の大量生産の技術が出来上がってきて。

長倉正弥

立川先生
「アメリカは塩素、ヨーロッパはオゾン」ってよく言われますよね。
オゾンは上下水道の水処理に活躍していますが、良くも悪くも残留性がありません。なので、オゾンそのものは水道の末端の蛇口までは消毒効果を持続させ続けられないんですよね。
 
水道水では、オゾン処理後には塩素を添加してから配水されていますね。

長倉正弥

立川先生
塩素は浄水処理の過程で、水中溶存物質の酸化分解にも使われてきました。
 
原水の汚れが増加すると塩素も使用量が増加し、いわゆる塩素消毒副生成物も増加します。嫌なニオイも消えません。
 
塩素では十分な浄水ができない事態が生じることもあって、現在では、より強い酸化力を持つオゾンとの併用が進んできていますね

 

環境と政治と教育:環境は世代を超えた対策が必要だから

今、弊社会長の家にはドイツ人のウーファーさんが滞在しています。彼女の話をよく聞くと、やはりドイツでは日本よりも環境への意識が全体的に高いようなんですよね。

長倉正弥

ウーファーとは
ウーファー:イギリス発祥の有機農業の体験プログラム「WWOOF」の体験者のこと。有機農業を営む受入先(ホスト)へ訪れてホームステイのような形で一定期間の間、有機農業を体験する者をウーファーと呼ぶ。登録制。日本法人はWWOOF Japan LLP。
立川先生
ドイツの南西にあるフライブルクは「環境都市」として有名ですよね。フライブルクでは、環境を保護するために将来を見据えて様々な政策が行われているそうです。また、ドイツ全体で見ても、環境政策が進んでいるのではないでしょうか。例えば空き缶の回収から食用油の回収までもがリサイクルのために徹底して行われているわけです。
 
翻って日本に足りないのは、そういった環境に対する政治の力だと思っています。将来のために、国としての環境についてのビジョンを持つことが必要ではないでしょうか。
政治主導でもっと環境について考えなければならないと。

長倉正弥

立川先生
そうですね。
環境に対する施策というのは、一世代で片がつくようなものではないんですよね。そのように世代を超えた対策が必要なものというのは、個人だけでどうにかできるものではありませんから、政治(国)がやるしかないんです。
 
これからの環境は、政治が作るものだと私は考えています。
ウーファーさんを迎え入れている当社会長宅

私たち一人一人ができることは「勉強」

何だか壮大なテーマになってきましたね。
それでは、直接的に政治を行使する力のない我々一個人が、市井の人としてできることは何かあるでしょうか。

長倉正弥

立川先生
勉強することだと思います。一般人なりの勉強というか。
 
私たちは普段からネットやテレビで様々な情報を得たつもりになっています。しかし、その多くは見る人にとって分かりやすいように簡略化され、断片となった情報ですし、それは物事のごく一面でしかありません
 
本当に自分で判断する能力を身に着けたいのなら、勉強することが必要ではないかと思います。そして、意見を持つことですね。
まずは、環境について勉強することから
まずは、勉強してみましょう
立川先生
「勉強だなんて鬱陶しいよ」と思う方もいらっしゃるかもしれません。でも、みんなにとって必要な勉強というのはあると思うんです。
だって、これまで小中学校で文字や算数を習い、生活に役立ててきていますよね。それと同じように、環境のことについても必要な勉強というのはあると考えています。我々を取り巻く、環境システムについての知識ですね。
 
まずは環境について、興味や問題を感じたところから知識を増やすのがいいのではないかと思います。
確かに、そうですね。

長倉正弥

立川先生
そんなこと言って、私自身も勉強が足りませんね(笑)
アハハ(笑) いやいや。

長倉正弥

立川先生
「環境には○○が良いよ」と決まりきった話を受け売りするのではなくて、自分の目線で「本当にそうなのか」を考えてみる姿勢が重要ですよね。

 

後編では『チコちゃん』の秘話も?

ここまで、環境と塩素についてのお話をお届けしました!

後編では、立川先生の研究にとって欠かせない存在であったバイオフィルムのお話に加え、立川先生が出演された『チコちゃんに叱られる!』の出演の経緯の話も飛び出します。

〈インタビューの後編はこちら〉

元日本大学教授・立川眞理子先生へのインタビュー<後編> 【インタビュー】立川眞理子 先生(元 日本大学教授)〈後編〉——『チコちゃん』に出演したのは、環境と人間の関係について伝えたいことがあったから

 

(インタビュー内容は取材当時のものです。所属、業務内容などは現在では変更となっている場合があります。)

(2020年10月1日:オゾン・塩素初心者向けマークを記事に付与しました。)
(2020年2月4日:後編へのリンクを追加しました。)