【インタビュー】杉光英俊 先生(元 徳山大学学長)〈前編〉——いろんなことが役に立つし知っていて損はしないから、勉強は面白い

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皆さんこんにちは 。
エコデザイン株式会社のタムラです。

今回は徳山大学元学長の杉光英俊先生のインタビューをお届けします!

(インタビュー日:2020年7月9日)

 

杉光英俊先生のご紹介

杉光英俊先生

杉光先生は、上智大学でプラズマ化学の研究をされてきた方です。専門は環境安全学です。

上智大学理工学部から徳山大学の経済学部教授に転任され、学長を務められた後、現在は、さいたま市でネコカフェルディを営んでいらっしゃいます。杉光先生には日頃からオゾン利用のアドバイザーとしてお世話になっており、当社連載記事「オゾンを知ろう」をご執筆いただいています。

略歴

  • 1941年 佐賀県生まれ
  • 1964年 東京理科大学化学科卒
  • 同年 上智大学理工学部助手、講師、助教授
  • 1982年 東京都立大学、理学博士
  • 1984年 フランスポアチエ大学理工学部水質公害研究所に留学(1年間)
  • 1991年 徳山大学経済学部教授
  • 2001年 徳山大学学長就任
  • 2011年 ネコカフェルディ開業
  • 現在に至る

 

それでは、インタビューをご覧ください!

 

工作好きの子供時代

まず略歴からお願いいたします。

タムラ

杉光先生
佐賀県生まれの佐賀県育ちです。高校は地元の県立鹿島高校に通いました。幼い頃から研究者を目指していました。それで、大学はどこがいいかと色々調べたら、意外と(東京)理科大学から研究所に入っている人が多いことを知り、大学を見に行ったら、薬品臭がする薄暗い廊下を学生さんたちが着古した白衣で歩いているのを見て、間違いないと。
理科大と言えば、理系の総合大学としてかなり有名です。私も理科大出身で、そういう理由で入ったというのがありました。今はキャンパスはきれいになりましたが、いかにも理系みたいな人がそこら中にいます。

タムラ

杉光先生
なるほど。あなたもそうですか。子供のときには色々、ラジオを作ったり、蓄音器を分解して壊したり、時計を壊したり。工作も大好きで夏休みの工作で「電気式金庫」が入賞して先生に褒められたのも大きかったかな。
「電気式金庫」とはどういったものなのでしょうか?

タムラ

杉光先生
電気で開く簡単な金庫のような箱です。金庫のダイヤルを回す歯車の一部だけ導線になっていて、すべての数字が正しくなると、導線がつながって電気が通るので金庫が開く、というような仕組みです。
子供のころから電気や機械が大好きだったわけですね。

タムラ

 

理科大での研究について

東京理科大学ではどのような研究をしていたのでしょうか。

タムラ

杉光先生
理科大の生物研究部というのがあって、私はそのクラブに入っていました。電気とか工学も好きなんだけど生物も好きで、化学でも生化学が好きだと。だから卒業研究は、私は外部研究生で東大の医学部に行っていました。そこでも不思議なものだけど何をやったかっていうと、ロテノン誘導体の生物毒性、反応速度をやりました。
 
具体的にはロテノンというのは殺虫剤です。その殺虫剤の構造が変わると生物にどのくらい効くかと、そんな研究をしました。どうやれば効くかがわかるかというと、肝臓の細胞をとって、それの活性を調べます。細胞の中に一定量のロテノンを加えてやり、加える前からの変化がなければ酸素をちゃんと吸収して、減らすはずです。ロテノンの影響が出ていれば、酸素を減らす能力が落ちるはずです。
 
つまり、ロテノンを加えた後の肝臓細胞の、酸素の減少速度を調べればロテノンの効き目がわかると、そういう研究です。
ロテノンの毒性試験モデル。毒性が示されると呼吸量が減り、酸素濃度が上昇します
杉光先生
そして、大学院に行こうかなぁと、思っていたところに、友達が先に上智に決まっていて、もうひとり募集していると言われてね。考えてみれば大学院で金払うより、助手して金もらう方が良いな、ということで、上智に行ったんです。それで偶然オゾンに出会ったと。

 

オゾンとの出会い

そうして、上智大学に進まれたのですね。

タムラ

杉光先生
上智大学には助手で採用されました。所属した工業物理化学研究室の教授はまだ未着任で、都立大学から見えた美人助教授の岡崎幸子先生の下で学生実験の準備と界面化学の研究のお手伝いでした。
 
記憶に残っているのは動的表面張力の測定です。シャボン玉を膨らませながら膜内の圧力変化を測るのにコンデンサマイクを使うのは私の発案でした。後に教授の鈴木桃太郎先生が防衛大学校から着任されて、「粉体爆発」や「無声放電」などが加わりました。
 
鈴木先生が電気学会のオゾナイザ専門委員会の委員長をしておられた関係で、電気学会の放電専門委員会に行け!次はコロナ劣化の委員会に、次は高速反応討論会に、次は国際会議の準備に行け!と、いつの間にか内外の偉い先生方を紹介されて、今のお付き合いが続いてる先生も少なくありません。
岡崎幸子とは
岡崎 幸子(おかざき・さちこ):上智大学理工学部 教授を経て、同大学名誉教授。大気圧プラズマ技術の第一人者。
鈴木桃太郎とは
鈴木 桃太郎(すずき・ももたろう):東京都立大学理学部長を経て、初代防衛庁技術研究所長、初代防衛大学校副校長。上智大学理工学部の設立に寄与した。防衛大学校退職後、上智大学理工学部 教授。

だから勉強は面白い

杉光先生
テーマにいただいた「無声放電中のオゾン生成機構」は放電ですから高電圧を使います。怖がる人も多いですが、私は自然に、というかよく間違えてパチパチやっていましたから、本当に面白いテーマだと。
幼い時の経験が生きたのですね。まさにオゾンがぴったりの分野だったと。

タムラ

杉光先生
最初は面白いと、しかし、とんでもない難問でした。先生は高速反応の先生だし、助教授の岡崎(幸子)先生は、都立大で界面化学で有名な先生の研究室にいた方なんですよ。それで私は最初は界面化学の研究と、爆発の研究とオゾンの研究とみんなやっていました。
 
爆発の研究はガスとか危険物を扱うので高圧ガスと危険物は甲種、ついでに衛生管理者も衛生工学衛生管理者、公害関係も全部最上級の資格をとりました。おかげで大学の中で余計な仕事が増えましたけど、面白かった。
 
大学は化学だったけど工学系の基礎的なことも教わりました。皆忘れたけどね。すっかり忘れた。でも役に立つ。なんでもいろんなことが役に立って面白かった。だから勉強面白いよね
そうですね。

タムラ

杉光先生
非常に面白い。いろいろなことが関係してきます。知っていてまずかったということは無い。知らなくてまずかったことはいっぱいあるけど。だから今もなんとかかんとかやっています。
インタビュー時の様子。なんと本棚に並んでいる本のほぼすべてがオゾンに関連する本です

 

オゾナイザの研究

杉光先生
最初は、いわれた通りに、二重管式のオゾン管から出てくるオゾンを吸収瓶でつかまえて、時間あたりどのくらいできたかを計算して、それがオゾンの生成速度だと思っていました。
 
でも研究していくと、空気が放電管の隙間を通っている間に何回もパチンパチンと放電して、その瞬間、瞬間にオゾンの生成反応は終わっている、それの積算したやつを吸収瓶で測る。そんなんじゃオゾンの発生速度なんていう話とは全然違うと。それは時間当たりのパチンパチンの数で、放電のし具合じゃないかと。それじゃ論文にならない。
そうですね。 これでは化学反応らしい測定が出来なくなってしまいます。

タムラ

オゾンは放電が起こると一瞬で生成します。生成量は放電量に比例します
杉光先生
そうなると、オゾンができるときに電気がどう流れているかをきちんと知らないといけないと。オゾナイザの放電っていうのはガラスとガラスの間の1mm位の空間でパチパチとやるわけで、パチパチしないときは、電流が流れてもオゾンは全くできない、パチパチの放電電流だけを測るには、パルスをオシロスコープで写真に撮って、パルスの高さを足し算する方法でもよいが面倒すぎて何やってるかわからない。そこで私がやったのはパチンパチンの電流を全部コンデンサーに貯めて測る。これなら良いはずと。
なるほど。パチンパチンの電流をコンデンサーにまとめてはかるのですね。

タムラ

杉光先生
それで終わりではないんです。実はパチンパチンの電流をいくら正確に測っても、それは見かけの電流で、空間を流れた真の電流ではない。
オゾナイザに流れた電流とすきまを流れた電流は違うのですね。

タムラ

杉光先生
私も電気学会のコロナ劣化専門委員会に参加してわかったのですが、高電圧ケーブルの絶縁破壊を起こす原因の一つは絶縁体中にある微少空間(ボイド)でオゾンが発生するからなんです。等価回路は無声放電とほぼ同じで、ボイドの空間を流れた放電電荷量は直接測定できず、オシロスコープの縦軸に電流の積算値Qを入れ、横軸に印加電圧Vの瞬時値を入れたリサジュー図を描かせれば、図形から放電電力や真の放電電流を求めることができることがわかりました。
絶縁破壊とは
絶縁破壊:絶縁体に高い電圧が加わることで、電気抵抗が低下し大電流が流れること。落雷が代表的な現象。
 
詳しくは『オゾンの基礎と応用』(杉光英俊・著、光琳)をご覧ください。
リサジュー図。出典:『オゾンの基礎と応用』(杉光英俊・著、1996年、光琳)
※誤字があったため、杉光先生の指示に基づき訂正を入れています
放電管式はガラスなどの絶縁体中で放電を起こすことによりオゾンを発生させています
杉光先生
ここまでわかったことで、放電管が変わっても放電そのものの本質的な解析ができるようになりました。陰極から出発した電子が、酸素分子を電離すると同時に酸素分子を解離しながら陽極に到達するというモデルで説明できるかどうかをオゾナイザのギャップを変えた放電管で解析しました。
 
オゾンの発生数/電子数をタウンゼントの電子なだれモデルに当てはめてみたところ、大気圧酸素中での電離係数α=7.4、酸素分子の解離有効衝突断面積σ=1.2×10-16cm2というもっともらしい値になりました。放電がタウンゼント的であることからみて、火花前のコロナ放電にあたる段階にあることがわかりました。
コロナ放電とは
コロナ放電:針状の電極が高電圧がかけられた場合に、その針の先端の周辺に生じる王冠(コロナ)型の放電のこと。新型コロナウイルスとは関係がない。
杉光先生
最後の問題は、パルスの一発一発でオゾンがどのくらいの速度でできているのかということです。最終的にはパルスを1つだけにしてオゾンの発生速度を直接測るということ。しかし、パルス1本ではオゾン濃度が低すぎて測れない、それで1800mmの長い平板型の放電管を作って、一発だけパチンと放電させることにしました。無声放電は普通は交流をかけますが、直流にして放電をパチンで止める。そこでパチンの後どのくらいの速度でオゾンの濃度が上がっていくかを測ればオゾンの生成速度がわかると。
 
それを254nmの紫外線の吸収で測ってみたら、数十マイクロ秒でビャーッと立ち上がるということがわかりました。それがどういう反応でできているかということは、そのカーブが理論と合うかどうかでわかる。圧力を150Torrから1000Torr、混合気体をO2+Ar, He, N2, CO2, SF6などに変え、加える電圧を6kVから12kVまでかえて結果を検討してドクター論文(博士学位請求論文)にしました。
そこでやっとドクター論文にたどり着いたのですね。結構大変ですね。

タムラ

杉光先生
しかし、皆んながね、うーん、と言いながらね、ほとんど認めない。同じ測定を誰もやっていないこともあると思いますが、さしあたり無視しても困ることがないということでしょう。私も同じ意味で特にこまることはないので主張していません。少なくとも無声放電はタウンゼント放電で進展している段階にあること、放電管から流出したオゾン濃度の時間変化は化学反応論でいう反応速度ではないこと、オゾン発生の速度定数は低圧で測定された酸素原子の再結合速度の1/3程度に遅いこと、第3体の効果にも違いがあることは指摘でき、もっとらしい反応機構も提案できました。否定されてもいないからまぁいいかと。
皆さんが特定の科学分野一辺倒の考え方をするというのが、一つあるのかなと。杉光先生みたいに化学だけでなく電気とか二つの専門を持つ、そういった視点が、化学だけをやっている研究者には欠如しているみたいな。もしかしたらそういうことが一つあるのかなと思いました。

タムラ

タウンゼント放電とは
タウンゼント放電:電子が雪崩のように次々と分子と衝突して電離しながら陽極に進行する放電。
無声放電とは
無声放電:誘電体同士を一定の間隔で配置した際に生じる音を伴わない放電。
 
詳しくはオゾン基礎知識「無声放電」をご覧ください。
ショックチューブとは
ショックチューブ:衝撃波管。管内に発生する衝撃波を利用して、気相中の化学反応を研究するための実験装置。
杉光先生
現在は反応のシミュレーションが比較的簡単にできるようになってきました。ショックチューブはバーンッとショックで圧縮して、その圧縮波がバーっと行くと、瞬間的に高温になって、高温で発生したものがそのまま固定される、というような研究です。私はショックチューブでやる研究自体はしなかったんですが、パルスラジオリシスが似たようなものですから、私もかっこよくやってみたいと思ってコンピュータープログラムだけは入手しました。
まさに先駆けのようなことをやられていたのですね。

タムラ

 

徳山大学経済学部と学長就任

ここから徳山大学の経済学部教授なのですね。これはなかなか面白い遍歴です。

タムラ

杉光先生
フランスから戻ってしばらくのんびりしていたら、森脇隆夫理事長から声がかかりました。理事長は一時研究室の教授を兼任されていたことがあり、よく一緒に飲みに行っていたので気兼ねがありません。このごろはゴロゴロしているようだけど、友人が徳山大学の学長になっていい先生を紹介してほしいと頼みに来たがどうか、という話でした。
 
当時家内は薬局を開業し、子供の学校のこともあるので行けないと。経済学部ですし、授業は環境科学と一般科学を担当して、それで問題はありませんでした。
森脇隆夫とは
森脇 隆夫(もりわき・たかお):上智大学大学院修了後、同大学理工学部教授。1981年より第6代上智学院理事長を務めた。カトリック司祭。
杉光先生
問題は教授会でした。新学部設置を進める学長に対して、運動場や新校舎の建設などに莫大な金を使ってどうするんだという人たちが出てきて、学長派と反学長派に分かれて大騒ぎになっていたのです。幸い新入りの私は教職員を含めて双方から話を聞くことができました。問題は教員の一部が学外の有力理事に働きかけて理事会を動かそうとしていることでした。私は学長の側に立ってその有力理事にお会いすることにしましたが、反対派からの情報があったせいかお会いすることができないまま学長が解任されてしまったのです。新学部は運動場は出来上がりましたが、新校舎は未着工のまま白紙になってしまいました。
 
その当時、18歳人口がピークに達し、その後の入学者の激減に備えるべきときではありました。私は仕方なく、「山口県オゾン研究会」をベースにしてオゾン利用施設の見学会や講演会などを企画したり、若い教員たちと新しい大学はどうあるべきかについて意見交換会を行い、それはそれで面白い時を過ごすことができたように思います。
 
理事会が選んだ次の新学長は地方大学にはもったいないくらいの方でした。しかし、東京在住のままだったため、2期目になると教職員の不満が高まり辞任されてしまいました。理事会は次の学長には教授会を掌握出来る人を学内で選ぶしかないと、理事長と教授会の承認が得られた人を理事会に諮るとしたのです。それで任期を残したまま新人の私が学長に就任したというわけです。
それが2001年の学長就任なのですね。

タムラ

杉光先生
学長になったら当然自分の仕事どころじゃない。18歳人口は激減し、生き残りをかけた(他学との)戦いが始まるはずですから、それからは学長専門でやりました。オゾンに関しては、呼ばれれば話をすると、その程度で、企業からの相談も受ける時間がない状態でした。
 
大学の運営は初めてでしたが、資料を集めて、グラフをつくり、それをもとにさまざまな改革を行いました。とにかく大学ファーストに徹したことは確かです。県や市の仕事のほか山口県の私立大学協会の会長まで幅広くさまざまな仕事をやらされました。若くて使いやすかったということでしょうが、生き残るためには地域も大学もお互いに協力できるところは協力していく必要があると思い、協力できるところは協力していく姿勢が買われたからだと思います。
 
今は、すべて手を引きました。猫カフェとオゾンだけです。

 

猫カフェの経緯について

アビシニアンのアビ君。ネコカフェルディの看板猫です。かわいい
ちょうどこっちに来てくれましたけど、この子はアビシニアンのアビ君ですね。ネコカフェルディの看板猫で、カフェの名前の由来はこの子の猫種アビシニアン特有の珍しい毛色「ルディ」から来ています。1本の毛の中に濃淡がある複数の色のグラデーションがあり、見る角度によって色が変わります。具体的に、横から見ると濃い褐色に見えますが、写真のように正面から見ると淡い褐色や灰色に近いです。アビ君はもう15歳になりますが、冷蔵庫の上にひとっ飛びにジャンプしたり、激しくじゃれあったり、年を感じさせない元気さがあります。元々エジプト原産とされている猫種で、かなり古い歴史を持ち、古代エジプトの壁画にも描かれています。ネコカフェルディでもエジプトのアビシニアンの置物が置かれてる通り、長きに渡り愛されてきた猫です。

タムラ

杉光先生
その通りです。(突然色々話し始めたな…)
他にもこの子はオッドアイのアサヒちゃんで…(長いのでカット)

タムラ

ネコカフェルディ
ネコカフェルディについて詳しくは、「杉光先生インタビュー 番外編」を執筆予定です。お楽しみに!
~閑話休題~
そもそも、なぜ猫カフェを経営し始めたのですか?

タムラ

杉光先生
元々、私が猫カフェがやりたいと思ったんじゃなくて、これから先どういう風に生きるかとか、そういうことを考えたときにはやっぱり、私中心じゃなくてこれからは家内中心の世界でないといけないと思って、家も改築して始めました。
血統書付きのネコがいっぱいいますよね。どのように経営しているのでしょうか?

タムラ

杉光先生
やるようによっては出るかも知れんけど、もともと利益を目的にしてないんで、もうけはほどほどでいいんです。週4回ですし、猫のえさ代くらい稼げればいいかなと。
 
なぜかというと、高齢者だから猫ちゃんをたくさんそろえることができない。人を雇って世話をすることは考えてないので、自分たちで世話ができる頭数が7から10頭が限度ですから、コンセプトは世界各国を代表するような猫にしました。猫ちゃんはやっぱり病気するでしょう? 猫カフェを経営しているとなると、病気に備えたくても保険に入ることが認められないんですね。
いろんな人と接触してしまうというのがあるんですかね。

タムラ

杉光先生
それと猫同士でも感染しちゃう。いっぺんに。カフェの猫ちゃんは保険が効かないんですよ。そうすると一頭病気したら、破産するんですね。今一頭でね、ちゃんとした猫ちゃんは何十万もするからね。50万としたって10頭飼うと500万円でしょ?
とんでもない額に。

タムラ

杉光先生
だから経営的には難しいんですよ。一番最初の構想だとそこで、猫ちゃんを見ながらコーヒーを飲むと。こういう形の猫カフェならいいかなと。ところがそれをやると営業許可を取るのが難しい。飲食物を提供するところに猫がウロウロしていると、ちょっと矛盾するんですよ。
衛生上の問題があるんですね。

タムラ

杉光先生
いえ、ネコから病気がうつることなどは無いとおもいますけど、監督官庁からすると感染されたら責任上困るから、厳しくなるということだと思いますよ。
私は、動物で(お店を)やるんだったら、動物を扱う医薬品。その薬局をやろうと提案したんです。薬品で実験もできるし。家内が、薬剤師なんですよ。理科大の。
理科大の薬学部、そうだったんですね。

タムラ

こちらの猫はターニャちゃんです

 

インタビュアーのひとこと

オゾン科学の第一人者、杉光先生へのインタビュー(前編)です。

前編では、杉光先生の今まで歩んできた道のりについて語っていただきました。大変多くの経歴を持っておられるため、杉光先生には本インタビュー作成にあたって様々な資料を掘り起こしていただきました。ここに改めて感謝申し上げます。

私自身は杉光先生とは今年からの付き合いですが、当社連載記事の関係もあり、何度も猫カフェにお邪魔させていただいております。今ではすっかり猫の名前も覚えてしまいました。同じ理科大出身、なおかつ生物工学研究からオゾンに関わったという経緯が非常に重なるところがあり、不思議な縁を感じます。

後編では業界必携『オゾンの基礎と応用』についてのエピソードが!

後編では、杉光先生とオゾンについてお送りします。杉光先生の名著『オゾンの基礎と応用』についてのエピソードや、オゾンのこれからについてのことを語っていただきました。

〈インタビューの後編はこちら〉

【インタビュー】杉光英俊 先生(元 徳山大学学長)〈後編〉——有害な物質を残さないオゾンに切り替えていく努力を

 

(インタビュー内容は取材当時のものです。所属、業務内容などは現在では変更となっている場合があります。)

(2020年12月24日:後編へのリンクを追加しました。アイキャッチ画像のテキストを大きくして読みやすくしました。)